富岡製糸場と3つの絹産業遺産群との関係性 [絹産業遺産群]
富岡製糸場と3つの絹産業遺産群は、蚕糸業において
機能的に結びついていて、どれが欠けても近代的製糸産業は
成立し得なかったんですね。
【画像提供 富岡市・富岡製糸場】
田島弥平宅(伊勢崎市境島村)は養蚕農家、
高山社(藤岡市高山)は養蚕学校で、
それぞれに良質な生糸の大量生産を目指して
独自の養蚕技術の開発と日本全国、
そして世界への普及に力を尽くしました。
富岡製糸場では、彼らに輸入した優良蚕種を提供したり、
品評会を行うなどさまざまな面で研究を奨励したようです。
そして、養蚕をリードする農家や学校で開発された
優良で大量な養蚕(蚕の卵)は、
荒船風穴(下新田南野牧)で保存されました。
これによって、以前は1年に1度の養蚕が、
大量の蚕種を保存することで季節をずらして年に数回、
繭を取ることが可能になったんですね。
貯蔵を求めてきたのは全国の業者で、
そこから産出された多くの繭が
富岡製糸場に持ち込まれたそう。
このように、蚕糸業の全般を通じてシステムとして、
機能的に結びついていたので、
この4つの遺産群が世界遺産になったんですね。
ちなみに、3施設とも国の指定史跡にもなっています。
◆ 「田島弥平旧宅」に関する記事はこちら
◆ 「高山社跡」に関する記事はこちら
◆ 「荒船風穴」に関する記事はこちら
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タグ:富岡製糸場と絹産業遺産群
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